特定非営利活動法人 米沢伝承館

宝ものを守る米沢人

長い歴史の中で、人々の努力や熱意が多くの宝ものを生み出してきました。
そして、その宝ものを守るために心優しき米沢人が今日も頑張っています。

伝統工芸「打刃物」

日本刃物(株) 会長 大友 久太郎さん
大友 久太郎さん 日本刃物(株) 会長 大友 久太郎さん
米沢鎌
今でも人気の米沢鎌
 九官鳥の頭に似た形の米沢鎌は切れ味が鋭く、また研ぎやすいことから今でも草刈鎌として人気の商品です。
現在は米沢に限らずいろいろなところで造られています。
 米沢市内に今でも旧町名そのままに「鍛冶町」とよばれている通りがあります。読んで字のごとくここは昔、鍛冶職人が住んでいた町でした。
 鍛冶職人は刀や鉄砲、また、包丁や鎌、鍬といった生活必需品を造る職人として重要な役割を占めていました。
 中でも「米沢型草刈り鎌」は切れ味が良いことで知られ、わざわざ遠くから買い求める人々がたえなかったといわれています。その鎌鍛冶職人として活躍したのが「大友家」です。大友家は伊達家の後、置賜地方を支配した蒲生家と一緒に近江から米沢に移り住み、上杉家が米沢を治めるようになってもそのまま残り、後に苗字帯刀を許されました。
 機械刃物メーカー日本刃物(株)の会長大友久太郎さんは、明治8年頃に分家した大友家の4代目にあたります。「分家した際、本家は製缶業を、当家は打刃物部門と商標「大利」を受け継ぎました。大正時代には、マニラ麻の栽培用にフィリピンに輸出したり、昭和に入ってからは米沢型の鎌にとらわれず、カミソリ型とよばれる播州鎌のOEM生産に取り組むなど、ずっと鎌造りをしてきました。現在は、農業の機械化が進んだことで鎌の需要も少なくなり、当社も機械刃物メーカーへと変わりましたが、代々優秀な鎌鍛冶職人であったことを誇りに、刃物屋としてもう一度世界で勝負したいと5代目と話しています」と微笑む大友さん。会長室には最後に作られた鎌が大切に保管されていました。
米沢の鉄砲鍛冶が造った【雷筒】(らいづつ)
 関が原の戦い敗戦後の慶長6年(1601年)、上杉家は会津120万石から米沢30万石に移封されました。それに伴い上杉景勝、重臣直江兼続らも米沢に入り、城下町の整備を行うとともに、その陰では戦いの準備ともいえる鉄砲製造に着手しています。
 兼続は関西方面から鉄砲師を呼び寄せ、その指導のもと地元の鍛冶職人に、人里はなれた白布高湯(現白布温泉)にて30匁筒の鉄砲(火縄銃)を製造させました。
 この30匁筒鉄砲は、100匁筒と同じ火薬量を使用したため発砲音が大きく、轟音と反動が雷のごとく凄いことから別名「雷筒」とよばれていました。
 その後の「大阪冬の陣」ではこの「雷筒」が大活躍し、後に徳川秀忠より感謝状が贈られています。

「雷筒」発砲を今に伝える2つの砲術隊
 米沢には現在2つの火縄銃砲術保存会があり、上杉まつりや雪灯篭まつりなどのイベントで、古式ゆかしい砲術を体感することができます。

米沢藩古式砲術保存会
米沢藩古式砲術保存会
 戦国時代に創案された稲富流の砲術を受け継いでいます。あくまで実践射法にこだわり、力強い演武を披露しています。


上杉砲術隊
上杉砲術隊
 上杉・松岬神社直轄の砲術隊で、米沢藩に伝わる古式火縄筒の発砲の型(大熊、小の里、静、霞)を実技・披露しています。


日本三大ブランド牛「米沢牛」

米沢牛畜産農家 伊藤 精司さん
伊藤 精司さん 米沢牛畜産農家 伊藤 精司さん
米沢鎌
繁殖用の牛たちは夏の間放牧されます。
 今や松坂牛、神戸ビーフと並んで日本の3大ブランド牛と言われるようになった米沢牛。明治の初め、藩校興譲館に英語教師として赴任したチャールズ・ヘンリー・ダラスがその美味しさに感動し、任期を終えて横浜に帰る際にお土産として牛を1頭連れ帰ったことから、米沢牛が全国に知られることになったといわれています。
 米沢市の笹野地区に住む畜産農家伊藤精司さんは、息子さんと一緒に100頭の米沢牛を肥育しています。
 「りっぱな米沢牛を育てるには、2人で100頭が精一杯」と伊藤さん。毎日の健康管理はもちろん、餌となるトウモロコシや大豆、米などの材料ひとつひとつにも気を配り、伊藤さんオリジナルのブレンド餌を与えています。こうして22ヶ月間(自宅出産の場合は32ヶ月間)大切に育てた牛が出荷されると、出来る限り枝肉市場に出向いて肉質のチェックをし、気になった肉は家族で試食をするそうです。
 「味を確かめて次につなげることは、生産者としての義務だから」ときっぱり言い切る伊藤さんです。
 「米沢牛がおいしい牛肉としてここまで確立されたのは、米沢の気象条件や自然環境が適していたことは言うまでもありませんが、先輩たちが試行錯誤しながら、たゆまぬ努力を積み重ねてきた結果であることはまちがいありません。それでもまだまだ米沢牛はおいしくなると私は思っています。もっともっと上を目指してこれからも勉強です」
 生産者の日々の努力と愛情が「米沢牛」ブランドを作り上げているのです。

米沢牛の【歴史】
チャールズ・ヘンリー・ダラス
チャールズ・ヘンリー・ダラス
(株)米沢食肉公社 代表取締役社長 尾崎世一さん
(株)米沢食肉公社
 代表取締役社長 尾崎世一さん
 おいしい牛肉として、全国に知られるところとなった米沢牛ですが、このブランド牛が誕生するまでには、長い長い歴史がありました。
 「米沢市史資料集の中に、明治元年、会津戦争が始まると、傷病兵の体力を回復させるための薬用として牛肉を与えたとの記録があります。当時、米沢藩は藩医に積極的に西洋医学を学ばせていたため、牛肉は栄養価が高く、体力を回復させる滋養源として認識されていました。目的はともあれ、これが正式に文書に残っている米沢で牛肉が食べられた最初の出来事です」と㈱米沢食肉公社の代表取締役社長、尾崎世一さん。
 その後、明治4年に米沢興譲館の英語教師チャールズ・ヘンリー・ダラスが横浜に持ち帰ったことから全国に広まったといわれていることは前述した通りです。
 尾崎さんは「夏は暑く、冬は寒さが厳しい米沢の気象条件が、偶然にも美味しい肉を作ったんでしょうね」といいます。
 昭和9年に発刊された「肉畜取引手引」には、「雑種牝牛は米沢牛が好評」との記載があります。80年前から米沢牛の美味しさが認められていたことになります。
 昭和30年代に入って牛肉の需要が増え始めると、米沢市は米沢牛を一括して出荷処理できることを目的に、米沢食肉センターを設立し、それを運営する(株)置賜畜産公社(現米沢食肉公社)がオープンしました。
 平成4年には、官民一体による「米沢牛銘柄推進協議会」が発足され、この協議会によって「米沢牛の定義」が定められました。以来、この条件を満たした肉牛のみが米沢牛の「商号」を与えられています。

米沢牛のれん会
米沢牛のれん会
 本場ならではの安心と美味しさをご提供するために、販売店や食事処など約20店舗が加盟する組織です。毎年、格安で米沢牛が味わえるキャンペーンやスタンプラリーなどのイベントを開催しています。

詳しくは http://www.ta-su.co.jp/norenkai/


伝統野菜「うこぎ」

米沢生物愛好会会長 石栗 正人さん
石栗 正人さん 米沢生物愛好会会長 石栗 正人さん
うこぎ垣
うこぎの垣根を守る
芳泉町垣根・町並み保存会
芳泉町に昔からのこるうこぎ垣根の保存と整備を目的に、2007年発足しました。毎年「うこぎ祭り」を開催。芳泉町史跡めぐりやうこぎ料理の試食会などが行われます。
 米沢のあちらこちらで垣根として栽培されている「うこぎ」は、米沢の晩春から初夏を彩る野菜として古くから食されてきました。そのルーツは江戸時代初期までさかのぼります。
 「うこぎは平安時代に中国から伝来し、漢方薬として西日本を中心に栽培されていましたが、上杉家が会津より米沢に移った際、新しいまちづくりの一環として、執政直江兼続が東北で初めて栽培を奨励したと考えられます。現に兼続時代に開拓された芳泉町などには、河川の氾濫に備えるために築いた石垣に沿ってうこぎが植栽されています」と、米沢生物愛好会会長の石栗正人さん。
 その後、うこぎの生垣は衰退したといわれていますが、9代藩主上杉鷹山が見事に復活させました。それから250年近く、今では日本一のうこぎ産地になっていますが、石栗さんたちの地道な努力があったからこそといえます。石栗さんが顧問をつとめる「芳泉町生垣・町並み保存会」では、町並みの整備と新たなうこぎの植栽を進めています。また、同じように石栗さんが顧問をつとめる「うこぎの町米沢かき根の会」では、うこぎを使った商品を次々と開発し、うこぎの生産に貢献しています。
 「うこぎは米沢の気候、風土にぴったり合ったんでしょうね。だからここまでのこってきた。これからもどんどん増やして全国の人に食べてほしいなあ」と話す石栗さんは今年87歳。うこぎパワーで元気に山登りを楽しんでいます。

うこぎは【健康食品】です。
山形大学理工学研究科 尾形健明教授
山形大学理工学研究科
尾形健明教授
 うこぎの成分を詳しく分析した山形大学理工学研究科の尾形健明教授によって、うこぎには食物繊維やポリフェノール、ビタミンCが多く含まれ、カルシウムも他の野菜に比べて多く含まれていることが分かりました。
 また、米沢女子短期大学名誉教授山田則子先生は、うこぎには体内における抗酸化、コレステロール上昇抑制、腸内環境改善、血糖抑制、抗肥満などさまざまな生理作用があることを動物実験で明らかにしてきました。さらに、健常成人を対象にしたうこぎ茶の飲用試験により、食後の血糖上昇を抑制することが分かりました。
グラフ

うこぎを使った郷土料理
【うこぎの切りあえ】
【うこぎの切りあえ】
うこぎは4月~6月頃におもに新芽を食します。独特の香りと苦味がありますが、おひたし、天ぷら、うこぎごはん、みじん切りにしたうこぎと味噌を合わせた「切りあえ」などで食べられます。


【 味どころ ふる山 】
うこぎを使った郷土料理が食べられます。
【 味どころ ふる山 】

うこぎを使った郷土料理や米沢牛ステーキ、しゃぶしゃぶ、すきやきなど米沢の幸が存分に味わえます。また、地酒を始めとする日本酒も多種多様に取り揃えてあり、米沢の味を満喫できます。
■ 米沢市金池5-6-17  tel.0238-23-0075
http://aj-furuyama.com/


特定非営利活動法人 米沢伝承館
〒992-0039 山形県米沢市門東町1丁目1番11号 TEL.0238-20-5646